脱サラしてスターウォーズのCG制作!成田昌隆のwiki風プロフィール、年収、経歴、作品は?【逆転人生】

 

成田昌隆

 

1月27日放送される逆転人生「スター・ウォーズのCGを手がけた脱サラ証券マン」にCGモデラーの成田昌隆さんが出演されます。20年間勤め上げた会社を脱サラして、CGモデラーへの道を歩みだした成田さん。何がそうさせたのか気になったので、プロフィール経歴年収や仕事にも役立った意外な趣味であるプラモデルについても調べてみました。


成田昌隆さんのwiki風プロフィール、経歴、作品は?

成田昌隆

 

名前 成田昌隆
読み なりた まさたか
生年 1963年生まれ
年齢 56歳
出身地 愛知県
学歴 名古屋大学工学部電気学科卒
職歴 NEC、日興證券、デジタル・ドメイン、Method Studios、Industrial Light & Magic
作品
パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉
アイアンマン3
スター・ウォーズ フォースの覚醒
ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー
スター・ウォーズ 最後のジェダイ
ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー
スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け
他多数

10歳の頃にオードリー・ヘップバーンの「シャレード」を見て、映画への憧れを持ったという成田昌隆さん。最初から映画の世界に携わられていたわけではなく、最初は国内PCメーカーでも有名なNECに入社されます。その後日興証券のコンピューター部門に転職され、1993年にはアメリカ支社へ転属となります。そして1995年に公開された映画「トイ・ストーリー」を見て衝撃を受けます。エンドクレジットに小西園子さんという日本人の名前があったためです。「こんなに素晴らしいハリウッド映画を作る人達の中に日本人がいる」と衝撃を受けた成田さんはCGモデラーを目指し、独学で3年間CGを勉強されます。働きながら3年間も勉強するなんてすごいですよね。マネできる気がしません。

成田昌隆さんの年収は?職業CGモデラーってどんな仕事?

成田昌隆

スター・ウォーズに出てくる「ミレニアム・ファルコン」や「デストロイヤー」などの戦艦。昔は特撮で模型を作り動かしていましたが、今は全てCGで作られていますよね。その外観やモデリング、絵にないところまで考えて作っていくのがCGモデラーという職業のようです。成田さんは自分のことを説明される時に「部品のひとつひとつをコンピューターで作りながら、組み立てて完成させる。コンピューターの中でプラモデルを作る仕事です」とおっしゃっています。そう言われるとイメージしやすく、わかりやすいですね。実際「デストロイヤー」は400個くらいのバーツを複製しながら組み合わせていき、全部で約25000のパーツ、製作期間120日(!)をかけて作られているそうです。2時間の映画の中に出てくる時間はそう長くはないかもしれませんが、世界観を損なわないように丁寧に作られているんですね。

この業界の年収は平均500万円くらいだそうですが、ハリウッドで活躍され、ルーカスフィルム傘下の大会社ですから倍の1000万円はくだらないと予想します。

成田昌孝さんはプラモデルの腕も超一流?

成田昌隆

CGを独学で勉強されていた成田さんに大手のCG制作会社から声がかかったそうですが、タイミングの悪いことにお父様が亡くなってしまったショックや、お子さんが生まれたりでCG自体を一切やめてしまったそうです。それからはあまり時間が取れていなかった家族との時間を大切にしようと、息子さんにプラモデルを教えることにしたそうです。成田さん自身、小学校から中学校までな熱中されていたそうですが、高校以降はやめてしまっていたというプラモデル。なんと息子さんに教えるつもりが自分がハマってしまい、4年間やり続けた結果、2004年にタミヤコンというアメリカのコンテストで優勝してしまいます。とんでもない天才なんじゃないでしょうか(笑) ちなみに番組でも紹介されている優勝作品はタミヤ本社に展示されているそうです。

脱サラしてルーカスフィルム傘下のVFXスタジオへ

成田昌隆

アメリカで働き続けていた成田さんでしたが、当時起こったリーマンショックの影響で、業界の雲行きが怪しくなり、帰国の可能性が出てきたそうです。そんな時にCGを勉強していた頃のお知り合いが務めていた映画製作会社ドリームワークスを社内見学させてもらう機会があったそうです。当時だと「カンフー・パンダ」や「トランスフォーマー・リベンジ」の頃かなと思います。そこで成田さんは自分がやりたいことはこれだと再確認されたそうです。

当時を振り返り、「人生一度きりだし、チャレンジしなかったという後悔だけはしたくない」「何をするにも遅すぎることはない」と自分に言い聞かせ、人生をやり直す決意を固められたそうです。

その後、20年務めた会社を辞め、ハリウッドに引っ越し、専門学校で一年間CGを学び直し、46歳でCGモデラーに転職されます。45歳を超えて脱サラして引っ越し、学校に通ってというこの行動力には脱帽です。その後順調にキャリアを積まれ、Marvel「アイアンマン3」のリードモデラーを任されるようになっていましたが、ここでまた転機が訪れます。ハリウッドでの映画製作の業界再編等があり、所属していたデジタル・ドメインという制作会社が倒産してしまいます。どうしようもなくなった成田さんは、自分には敷居が高いと思いつつも、世界トップクラスのVFXスタジオIndustrial Light & Magicに応募されます。

すると、一ヶ月半の期限付きではあるもののフリーランスとして仕事をもらえたそうです。さらに成田さんが運がよかったと振り返られる出来事が起こります。自分の上司がたまたま「スター・ウォーズ フォースの覚醒」のスーパーバイザーに就任し、4人いたスタッフのうち成田さんを気に入って使ってくれたそうです。なんとプラモデル作りのスキルも評価されているそうですよ。確かに運も必要だとは思いますが、プラモデルのスキルはご自身で磨かれたものですし、またチームで制作する以上人柄などの人間性も評価されてのことだったんじゃないかと思います。

まとめ

その後のスター・ウォーズの作品はスピンオフも含め、映画作品には全て制作に携わられているようです。すごいことですよね。

成田さんは以前インタビューで「人にはそれぞれ、その人にしかできない何かを持っていると思う。この広い世界にはそれを求めている場所がきっとある。本当にやりたいこととか、できることを見つけるというのは難しく、自分は46年かかった。やっていることが何か違うと思っても、本当は何かやりたかったなと普通はそこで諦めちゃいますよね。そこで諦めずにちょっとがんばってみるというのをしていただけたら。」とおっしゃっています。何がやりたいのか自分でもわからない、という人は案外多いんじゃないかなと思います。「30歳までには生き方を決めなきゃ」、とか「遅くても40歳までだ」という声も多い中、46歳で自分のやりたいことにチャレンジして、今なお世界の最前線で活躍されている成田昌隆さんは勇気を与えてくれる存在ですね!

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