末續慎吾が完敗した天才美女は誰?亡き親友とは?【消えた天才】

6/23(日)放送の【消えた天才】では「史上唯一!巨人のドラフト1位指名を拒否した天才SP」が放送されます。

マッハ末續とも呼ばれている末續慎吾さんが勝てなかった相手・天才美女とは??

日本最速・末續慎吾が完敗したのは、天才美女!日本記録を出した後に天才を突如襲った悲劇…さらに、どん底に落ちた天才が奇跡の復活を遂げた裏には、亡き親友との感動秘話が!

末續さんは現在では短距離走選手ですが、
完敗エピソードは、小学生時代にさかのぼります。

小学校時代に全国小学生陸上競技交流大会に出場し、
同じ学年の池田久美子さんに走幅跳の記録で負けたことで
(池田は5m19、末續は4m85)、
末續さんは走幅跳を競技しなくなったそうです。

女に負けるなんて…と思ったのでしょうか。

小学生くらいだとまだ女の子の方が体が強い事も多いので、あるあるですよね。

池田久美子さんは、現在結婚され姓が井村となっています。

末續慎吾が完敗した天才美女「井村久美子」wiki風プロフィール

井村久美子(いむらくみこ)
旧姓:池田
生年月日:1981年1月10日
出身:山形県酒田市
学歴:福島大学
身長:166cm
体重:53kg

ドーハアジア競技大会2006年走り幅跳びの金メダリスト
走幅跳自己ベスト:6m86 (2006年)日本記録

現在は結婚され、子供もいます。

夫、井村 俊雄さんと共にジュニア世代を中心に
各世代向けのアスレティックトレーニングクラブとして
『イムラアスリートアカデミー』を設立し、自ら講師としての活動を始めています。

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天才美女「井村久美子」の亡き親友とは誰?奇跡の物語とは?

無くなってしまった親友とは、2008年11月までスズキ陸上競技部に所属していた、スズキ陸上競技部で同期だった、

女子砲丸投げ選手の森千夏さんです。

森 千夏(もり ちなつ、1980年5月20日 – 2006年8月9日)
出身:東京都江戸川区
陸上競技選手
女子砲丸投日本記録保持者

日本記録を7回も更新し、世界と大きくかけ離れていた砲丸投を世界レベルに押し上げ、1964年東京オリンピック以来40年ぶりにオリンピックに出場するなど、砲丸投のレベルアップに大きく貢献した。

森千夏さんはアテネ五輪代表決定の直後から体調に異変を感じ始め練習ができないまま五輪予選落ち、帰国後入院し、膀胱炎と診断されたが、入退院をくりかえす。

2006年3月をもってスズキとの契約が解消後、虫垂がんを公表。
莫大な虫垂がんの治療費を賄うために、母校の東京高校や日本陸上競技連盟などが募金活動を行ったが、26歳の若さで亡くなってしまいました。

8月11日に通夜が営まれ、池田、為末、井村久美子ら陸上仲間が弔辞をよんだ。

井村久美子は弔辞の中で

「久美ちゃん泣かないでね、って言っていそうだね。
でも、森ちゃんがいないから寂しいよ…北京オリンピックでは、私と森ちゃんの2人で絶対にメダルを獲る約束をしたよね。
北京では私が森ちゃんの分までメダルを獲って、墓前に報告出来るよう頑張るから」

と涙ながらに亡き森千夏に語ったそうです。

「北京では2人で必ずメダルを」と誓っていたが、

2008年の北京オリンピックの結果は6m47の記録(2回目の記録。1回目は6m44、3回目はファウル。出場42人中20位、上位12名が予選通過)に終わり、予選敗退。

残念ながら叶わなかった、というエピソードです。

現在は一線からは退き、陸上競技や体づくりを支援するイムラアスリートアカデミーを運営されており、未来のオリンピック選手の卵を育てていらっしゃるそうです。

井村久美子さんのますますのご活躍を期待するとともに、

26歳で亡くなった砲丸選手森 千夏さんのご冥福をお祈りしたいと思います。

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